東京高等裁判所 平成7年(ネ)3551号 判決 1995年12月25日
控訴人
甲野太郎
被控訴人
福島民友新聞株式会社
右代表者代表取締役
木下隆
右訴訟代理人弁護士
手塚裕之
同
櫻庭信之
同
新川麻
同
石本茂彦
同
矢嶋雅子
同
佐藤丈文
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一八日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(控訴人は当審で請求を減縮した。)
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり補正するほかは原判決の事実欄(「事実及び理由」との表題は誤記であることが明らかであるので「事実」と更正する。)の第二項の摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決七頁二行目から同三行目にかけての「行われた」を削除し、原判決八頁四行目全文を「ニュースに対しては極めて高い信頼性がみとめられており、地方の報道機関が全国的な事件等の報道を行ううえで定評のある通信社の配信ニュースをそのまま利用することは必要かつ合理的なものである。すなわち、全国的なニュースについて地方の報道機関がその真実性を独自の取材によって確認することは、制度的にも予定されておらず、実際上も不可能であって、右の独自取材を要求すると地方の報道機関は全国的な事件の報道が著しく困難になること及び配信ニュースによって名誉を毀損された者は配信した通信社からその損害の回復を図ることができるので、配信ニュースを掲載した報道機関の責任を免除しても被害者の保護に欠けることはないことに鑑みれば、右の配信ニュースに」に、同七行目の「信じても、右相当性の要件は充足されたと解するべきである。」を「信じて右配信ニュースに基づいて本件記事を掲載しても、右ニュースの内容を真実と信ずるについて相当な理由があり、過失がないものというべきである。」にそれぞれ改める。
二 原判決一〇頁五行目と同六行目との間に次のとおり挿入する。
「四 控訴人の反論
本件記事の見出し部分の『大麻に狂った』及び『女性を口説くエサ』並びにリード記事部分の『女性と知り合うきっかけに大麻を使ったり、』という部分は、本件配信ニュースに基づくものではなく、被控訴人の独自の記事であるから、これを掲載したことに違法性及び過失がないとはいえない。」
第三 証拠関係
本件原審及び当審の各記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 当裁判所の判断は、次のとおり補正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一一頁五行目及び原判決一二頁一〇行目の各「リード」を「リード記事部分」に、原判決一二頁二行目、同四行目及び原判決一五頁三行目の各「ロス」を「ロスアンゼルス」に、原判決一四頁二行目の「本件記事の違法性阻却の有無について」を「違法性阻却事由ないし過失の存否について」に、同八行目の「本件記事の真実性及び相当性について」を「真実と信ずる相当の理由について」にそれぞれ改め、原判決一五頁三行目の「事件。」の次に「以下、右両方の事件のことをいわゆるロス疑惑事件という。」を加える。
2 原判決一八頁九行目から同二三頁一行目までを次のとおり改める。
「(二) 本件記事の配信の経緯等
乙第一号証の二(共同通信社の配信記事)、乙第九号証(前同)、乙第二〇号証(丸山重威の陳述書)、乙第二二号証(古賀尚文の陳述書)、乙第二三号証(共同通信社のパンフレット)、乙第二四号証(共同通信社の定款)、乙第二五号証(共同通信社の定款施行細則)、乙第二六号証(丸山重威の陳述書)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 共同通信社は、新聞事業者、放送事業者及び通信事業者等を構成員である社員とし、国内及び国外のニュース及びニュース写真を編集し、これを敏速的確に社員及び海外の報道機関に通報することなどを目的として昭和二〇年一一月一日に設立された社団法人であり、平成七年四月現在その加盟社は日本放送協会及び全国の新聞社七〇社、契約社は全国紙等の大手新聞社一一社及び全国の民間放送局一二五社、ネット契約を締結した民間放送局は全国にわたる四五社となっていて、わが国の代表的な通信社である。同社は、本社を東京に置き、本社内に、政治部、経済部、産業部、金融証券部、社会部、外信部、運動部、内政部、科学部、文化部、写真部、グラフィックス部を設け、国会、中央官庁、経済団体、警視庁、裁判所などに設けられた記者クラブに加入して、そこを拠点に取材活動をし、札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡に支社、その他の府県庁所在地や海外の都市などに支局を設けるなどして整備された取材体制でもって活動している。
(2) 共同通信社の社員である加盟新聞社は、定款上、原則として共同通信社から供給を受けたニュース等を所定の目的以外に使用すること及び社員以外のものに利用させることを禁止されており、提供されたニュースの趣旨内容について変更又は修正を加えることも原則として認められない取扱いとなっている。共同通信社が加盟社以外の新聞社等とニュース提供契約を締結する場合も、そのニュースの使用条件として、①新聞紙面にのみ掲載使用するものとし、他の目的に使用しないこと、②新聞紙面に掲載使用するときは、ニュースごとに『共同』のクレジットを明記すること、③新聞紙面に掲載使用するにあたり、ニュースの内容について変更又は修正し、もしくはニュースに意見等を挿入し、又はニュースを編集する等により、提供されたニュースを歪めないことを厳守すべき旨を約定させている。
(3) 被控訴人は、共同通信社の加盟新聞社であり、昭和六〇年九月一日、共同通信社から既に報道されていた控訴人の犯罪疑惑行為に関連する内容のニュース(乙第一号証の二、以下、『本件配信ニュース』という。)の提供を受けたものであるが、特段の裏付け取材もすることなく、本件配信ニュースに基づいて本件記事を掲載した。被控訴人が、本件記事の掲載に当たり、その裏付け取材をしなかったのは、被控訴人が警視庁の記者クラブに加入していないため、警視庁の行う定例会見、記者発表による通常取材に直接参加できず、警視庁に対する直接の問い合わせにも応じて貰えない実情下にあり、共同通信社の記者の直接の取材源(本件記事のA子等)に直接事実関係を確認することも、取材源の秘匿、多くの報道機関からの取材殺到によって被る取材源の迷惑に対する配慮、地方の報道機関の経済的、人員的制約などから不可能ないし困難であり、また、通常共同通信社からの配信ニュースについては裏付け取材や問い合わせ等をしない取扱いであるためである。
なお、控訴人は、本件記事の見出し部分の『大麻に狂った』及び『女性を口説くエサ』並びにリード記事部分の『女性と知り合うきっかけに大麻を使ったり、』という部分は、本件配信ニュースに基づくものではなく、被控訴人の独自の記事であると主張するが、前掲乙第一号証の二によれば、右リード記事部分は、本件配信ニュースの内容として記載されていた事柄であること及び右見出し部分は、本件配信ニュースの内容全体から容易に読み取ることができる控訴人の大麻に関する行状を全体的に表現したものであって、本件配信ニュースの内容を変更又は修正したものではないことが認められ、控訴人の右主張は採用できない。
(三) 本件記事による名誉毀損の不法行為の成否
右認定事実によれば、本件記事は、我国の代表的な通信社で、その配信ニュースの真実性について責任を負い、裏付け取材を不要とする前提の下に報道してよいものと評価されている共同通信社の配信ニュースに基づくものであるところ、このような報道システムは、地方の報道機関が物理的、経済的及び人的制約を越えて世界的ないし全国的事件等を報道することを可能にするものであって、報道の自由に資するものである。そして、通信社が真実でない配信ニュースを報道機関に提供したため、地方の報道機関が事実を誤った報道をして特定人の名誉を毀損する結果を生じさせたとしても、そのような場合、被害者は、通信社に対し不法行為責任を追及することができるものと解されるから、裏付け取材等をしなかった地方の報道機関の不法行為責任を否定しても被害者の救済に欠けることがないといってよい。したがって、正確性ないし信頼性があることについて定評のある通信社の配信ニュースに基づいて、新聞等の報道機関が新聞記事を作成して掲載する場合、その配信ニュース内容が社会通念上不合理なもの、あるいはその他の情報に鑑みてこれを虚偽であると疑うべき事情がない限り、その真実性を確認するために裏付け取材をする注意義務はないものと解すべきであり、仮に、右配信されたニュース内容が真実に反し、特定人の名誉や信用を害する結果となっても、報道機関には、配信ニュースが真実を伝えるものであると信ずるについて相当な理由があり、過失がないものというべきである。
乙第六号証の一ないし八、乙第八号証、乙第九号証及び弁論の全趣旨によると、控訴人に関しては、これまでもいわゆるロス疑惑事件や大麻に関する疑惑が多くの報道機関等によって報道されてきたこと、共同通信社も、いわゆるロス疑惑事件について精力的に取材活動を行い、多くのニュースを配信してきたこと及び警察等もいわゆるロス疑惑事件や大麻疑惑事件に関心をもって捜査に当たってきたことが認められる。
右のような状況に鑑みると、本件においては、被控訴人において本件配信ニュースの内容が社会通念上不合理なものあるいはこれを虚偽であると疑うべき事情があったとは認められないから、被控訴人が本件配信ニュースが真実を伝えるものであると信ずるについて相当な理由があり、これに基づいて本件記事を作成して掲載したことについて過失がないものというべきである。」
二 以上によれば、本件記事が真実であるか否かについて判断するまでもなく、被控訴人の本件記事の掲載は不法行為とはいえないから、控訴人の本件請求は理由がない。
よって、原判決は結論において相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)